研究内容

研究の背景

 我々の研究の背景となるのは、近年発達しつつあるオプトメカニクスと呼ばれる分野です。これは、光などの電磁波によって、物体の運動を制御しようとする分野です。原子や分子を超低温まで冷却する研究により、光格子時計などの精密測定や量子シミュレーションといった種々の応用が生み出されてきましたが、オプトメカニクスではそれらより大きなナノサイズ〜ミクロンサイズの物体の運動を冷却することで、新しい応用を切り拓こうとしています(図1)。これまでに、機械的な振動子の特定の振動モードを量子基底状態付近まで冷却できることが実証されています。こうした研究は、振動子の一部が基板に接触しているタイプであるため、振動の純粋さをあらわすQ値を上げにくいという性質がありました。

 

図1:2種類のオプトメカニクス系

 

 そこで、基板への接触を完全に断ってしまう、という考え方の下、ナノサイズの固体粒子(ナノ粒子)を真空中にレーザーで浮揚させた浮揚ナノ粒子系が考案されました。真空中に捕捉された浮揚ナノ粒子は、環境から極めてよく隔離されているという、他の系にはない特長のために、極めてQ値の高いオプトメカニクス系となりえると考えられています。また、ナノ粒子は原子・分子に比べて多くの光を散乱できるため、その運動状態を観測のための光にほとんど影響されずにリアルタイムに観測できる、という特長も備えています(図2)。この新しい系を利用して、原子・分子より大きな系で量子的な振る舞いが観測されるかどうか、といった研究や、極めて高感度な加速度や質量のセンサーを開発する研究が行われています。

 

レーザー捕捉された単一ナノ粒子が真空下で運動する様子

図2:レーザー捕捉された単一ナノ粒子の真空下における運動

 

 当研究室では、この浮揚ナノ粒子系を、単一ナノ粒子内における物性探究や、高感度な加速度センシングに活用する研究を進めています。

荷電ナノ粒子の電場冷却

 真空中に浮揚させた単一ナノ粒子は、環境から極めてよく隔離されており、しかもその運動を高い精度で観測し続けられる点で、他に類をみない特異な振動子です。近年、単一ナノ粒子の運動を極限的に冷却する技術が発達し、原子・分子よりはるかに大きな物体の運動に関する量子力学の探究が視野に入ってきました。この系を活用することで、我々の身近にある巨視的物体がなぜ量子的振る舞いを示さないのか、という基礎的な疑問を追究していくことができると期待されます。また、このような振動子をうまく利用することで高感度なセンサーが実現できるのか、という応用面での研究も、重要なテーマとなります。

 

 我々のグループでは、ナノ粒子が通常電荷を持っていることを利用し、その重心運動を光学的に観測しつつ、フィードバック電場を加えることで運動を冷却する新しい手法を開発・実証しました(文献1)。図1は、ナノ粒子の運動の様子をフーリエ変換して得られるパワースペクトル密度で、3つのピークは粒子が3方向にそれぞれ別の周波数で振動していることを表します。冷却していない場合と比べることで、電場冷却の適用により、4mPaという比較的高い圧力において絶対零度10mK以下にまで運動を冷却できることが示せました。この手法は、光強度の変調を行う従来手法に比べて冷却効率が高いことが特長で、従来手法の限界とされていた光子反跳加熱の問題を克服し、基底状態付近への冷却が可能であると期待されます。重心運動に関する基底状態付近にある粒子を使った研究の糸口になる成果です。

ナノ粒子のパワースペクトル

図1:電場冷却によるナノ粒子のパワースペクトルの変化

 

 また、ナノ粒子を用いる研究では、毎回捕捉される粒子の質量や電荷といった性質が異なっている点が問題でしたが、この研究を通じて、ナノ粒子の持つ質量や電荷を正確に評価するための一連の手続きを確立することができました。

 

 さらに、この冷却手法を発展させることで、光格子中のナノ粒子の運動を基底状態付近へと冷却できることを実証しました(文献2)。

 

参考文献
1. M. Iwasaki, T. Yotsuya, T. Naruki, Y. Matsuda, M. Yoneda, K. Aikawa, Electric feedback cooling of single charged nanoparticles in an optical trap, Phys. Rev. A 99, 051401(R) (2019).
2. M. Kamba, H. Kiuchi, T. Yotsuya, K. Aikawa, Recoil-limited feedback cooling of single nanoparticles near the ground state in an optical lattice, arXiv:2011.12507 (2020).

2個のナノ粒子による軌道運動

 我々の研究室で扱うのは、ナノ粒子が集光したレーザーに捕捉されただけの比較的単純な系ですが、それにも関わらず予想外の現象に出会うことがあります。我々は、光格子に捕捉されたナノ粒子が、大気圧下で強い発振現象を示すことを発見しました(図1)。この不思議な現象について研究を進めた結果、これは複数の粒子が単一格子内に捕捉されたとき、互いの周囲を回るような軌道運動を自発的に行う現象であることを明らかにしました。図2は、捕捉光に変調を与えると、2個の粒子が単一格子内で発振している状態と、隣り合う格子に分かれて発振していない状態との間を行ったり来たりする様子を捉えたものです。

 

軌道運動のパワースペクトル

図1:ナノ粒子の発振現象を表すパワースペクトル密度

 

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図2:2個の粒子が格子間を移動することで、発振が停止したり再開したりする様子

 

 この現象は大気圧で数時間に渡って安定に続きますが、圧力を減じて真空へと近づけると、発振周波数が変化し、やがて停止してしまいます(図3)。

 

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図3:発振周波数の圧力に対する変化

 

 この現象のメカニズムは、これまでのところ判っていません。この現象は、粒子の質量に敏感なことがわかっているので、粒子の表面に吸着される気体を検出する、ナノスケールの気体センサーとしての応用が考えられます。

 

参考文献
Mitsuyoshi Yoneda, Makoto Iwasaki, Kiyotaka Aikawa, Spontaneous continuous orbital motion of nanoparticles levitated in air, Phys. Rev. A 98, 053838 (2018)..

ナノ粒子の内部状態を操作する

 物質の性質は、試料の大きさがナノサイズになると、大きなサイズ(バルク)とは異なる性質を示すことが知られています(量子サイズ効果)。また、奇周波数ペアリングのように、試料の表面でしか起きない現象は、表面の割合が相対的に非常に大きいナノサイズの試料(ナノ粒子)において顕著に発現すると考えられます。しかし、バルク試料を調べるために開発されてきた様々な物性実験手法を、ナノ粒子内での物性を探るために利用するのは、容易なことではありません。そこで、当研究室では、全く異なるアプローチとして、近年発達しつつある浮揚ナノ粒子系の技術を応用し、単一ナノ粒子内における物性を調べる、新しい実験手法の確立を目指して研究を進めています。浮揚ナノ粒子系は、ナノ粒子を周囲のあらゆる物質から完全に隔離できるという他の系にはない特長があります。この特長により、ナノ粒子自体のもつ物性を、他の物質に影響されることなく調べることが可能となると期待されます。

 

実験装置の様子

図1:実験装置

 

 ナノ粒子を真空中で扱う従来研究では、単一ビーム中に単一のナノ粒子を捕捉し、その重心運動を数mK程度まで冷却できることが示されています。一方、我々は、複数のナノ粒子をも捕捉できる光格子を使った実験を進めています(図1、図2)。光格子を使うことで、ナノ粒子同士の相互作用や衝突といった、宇宙空間における星間物質の形成にも関わる物理を探究することができるようになると考えられます。また、ナノ粒子同士の相互作用を利用し、その内部状態を操作するような新しい手法の実現にも繋がると考えられます。これまでに、当研究室では、光格子中の単一ナノ粒子の重心運動を絶対零度0.1K程度まで冷却する技術を確立しました。今後は、この技術を活用しつつ、ナノ粒子同士の相互作用や衝突の物理を探究したり、ナノ粒子の内部状態を観測・冷却する手法の開発に取り組んでいきます。

 

光格子中の複数のナノ粒子

図2:光格子中の複数のナノ粒子

ナノ粒子を使った高感度センサー

 真空中で他の物質から完全に隔離されたナノ粒子は、ナノ粒子に働く微弱な力(加速度)を観測するための絶好の舞台となります。ただ、これまでナノ粒子を捕捉するために用いられていたレーザー光は、中心強度が最大となるガウス分布型の断面を持つため、光強度の高いところに引きつけられるナノ粒子は、レーザー光の焦点に強く束縛されてしまい、ナノ粒子に働く加速度を測定することが難しい、という問題を抱えていました。

 

 そこで、我々の研究室では、全く別のアプローチとして、断面がリング型の分布を持つ特殊なレーザー光にナノ粒子を捕捉し、その運動を観測・解析する研究を進めています。このような状況では、ナノ粒子はリングから逃げることはないものの、リング内では自由に運動できるため、リングに垂直に働く加速度がある場合には振子運動を行うことが予想されます。この振動の周波数から直接、加速度の値を計算することが可能です。ナノ粒子は非常に長い時間、捕捉・観測できるという、原子・分子にはない特長を持つことから、我々のアプローチでは、非常に弱い加速度を検出できると考えています。

 

リング型レーザーに捕捉されたシリカナノ粒子

図:リング型レーザーに捕捉されたシリカナノ粒子

ナノ粒子の大きさを光で測定する

 ナノ粒子を使った実験では、原子・分子を使った実験と異なり、捕捉するナノ粒子の大きさは毎回異なります。そのため、捕捉したナノ粒子の大きさを推定することは、全ての実験の基盤をなす重要な過程です。これまで、捕捉したナノ粒子の大きさを推定するためには、空気分子との衝突によって振動が減衰するモデルを利用した手法が用いられてきました。今回、我々は全く異なるアプローチとして、光とナノ粒子との相互作用を利用してナノ粒子の大きさを推定する新しい手法を確立しました(参考文献)。

 

 背景圧力数100Pa程度以下の真空では、ナノ粒子はレーザーによって作られた調和ポテンシャルにおける振動を行います。この振動の様子をフーリエ変換し、パワースペクトル密度として表したとき、スペクトル幅は空気分子との衝突による減衰で決まる、とされてきました。すなわち、圧力が下がるほど、スペクトル幅も細くなっていくと考えられます。しかし、我々の光格子を用いた実験では、数10Pa程度以下において、スペクトル幅が一定値に収束し、収束した値が光格子方向には高く、それ以外の方向には低い、という振る舞いが見られました(図1)。

 

ナノ粒子のスペクトル幅の圧力依存性

図1:ナノ粒子のスペクトル幅の圧力依存性

 

 我々は、この方向依存のスペクトル幅が、ナノ粒子の運動の非線形性に基づくものである、とする理論的なモデルを構築し、これが実験結果とよく合うことを見出しました。特に、従来のモデルでは考慮されていなかったのは、ナノ粒子が3次元的に運動することにより、次元間の結合が生じる、という点でした。この点を含めることで、ナノ粒子を捕捉し、真空下に置いただけ、という一般的な状況でのスペクトル幅が説明できるようになりました。

 

 その結果、低圧力でのナノ粒子のスペクトル幅を、振動周波数で規格化した無次元量が、ナノ粒子の重心運動のエネルギーとレーザーポテンシャルの深さの比と直接関係している、という重要な結論を得ました。このことは、ナノ粒子の運動のスペクトル幅のみから、ナノ粒子が感じるポテンシャルの深さを推定できることを意味しています。ナノ粒子が感じるポテンシャルはナノ粒子の大きさと直接関係しているため、スペクトル幅からナノ粒子の大きさを推定できる、と言えるわけです。実際、規格化されたスペクトル幅は、方向には依らず、大きい粒子ほど細くなる、という実験結果を得ています(図2)。

規格化されたスペクトル幅とナノ粒子の大きさの関係

図2:規格化されたスペクトル幅とナノ粒子の大きさの関係

 

参考文献
M. Yoneda, K. Aikawa, Thermal broadening of the power spectra of laser-trapped particles in vacuum, J. Phys. B 50, 245501 (2017).

当研究室への配属を考えている学生へ

 当研究室は2015年4月に発足した比較的新しい研究室です。新しい研究の舞台を創り上げる段階にあるため、創意工夫をこらして実験装置を改良しながら研究を進めています。実験装置の製作・改良に関わることで、広範囲の実験技術を身につけられるばかりでなく、その背景となる様々な分野の物理に対する理解が深まります。また、自ら組み上げた装置で最先端の物理に触れる、という特別な面白さを体感することができます。ナノ物理に興味がある方ばかりでなく、レーザーを始めとする量子光学に関連した技術に興味がある方も歓迎します。

研究室発足前の研究内容

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